過日、当茶房にいらした辻本清美さんが、「ご不浄にはってはる京都の地図に×印がある場所は、進々堂ですよね?私もよく行きました。」と帰り際にお声をかけていただいた。
そう。京都市左京区の百万遍の「進々堂」はいまでは、東京のメジャーなNANAKOとかの雑誌の京都特集では、必ず載る京都で一番古いカフェ。京大北門前にある。"学究"の気風が漂う仄暗い店内はなかなか落ち着く。1930年、カルチェラタンに感動したオーナーが日本にも同じような空間が欲しいとオープンさせた店で京都で初めてフランスパンを提供した店でもある。店内はBGMが流れていない静かな空間。この店のすごいところは、若き日の工芸家・黒田辰秋(後に人間国宝)の手による樫材の長いテーブルがお客を招き入れるように置かれている。対の長椅子になり、京大の教員とか学生、近所の人々、観光客が腰かけて思い思いに本のページをめくり、レポートを書き、勉強したりしてる。また、壁には、木製のレリーフが掛けられ、古い英詩が彫られてある。誰の言葉だか当時は気にもならなかったし、気づきもしなかったし、英訳力もなく訳せもしなかった。
My heart leaps up when I behold
A rainbow in the sky:
So was it when my life began,
So is it now I am a man,
So be it when I shall grow old
Or let me die!
数10年後に、浅田次郎の小説「活動寫眞の女」を読んでいたら、この店が舞台であることもあり、分かったことだけど、ワーズワースの「Rainbow」という詩でした。
ぼくの心は躍る 空にかかる虹を見たとき
子供のころがそうだった
大人になった今でもそうだ
このさき年老いても そうありたい
死ぬまで そうありたい
という意味になる。

詩人(ワーズワース)は、「このさき年老いても そうありたい 死ぬまで そうありたい」というのは、つまり、子供のころに空にかかる虹に心を躍らせたように、歳をとってもずっと、情熱を喪わずにいたい。そういう意味なんだろう。この詩は、そうした気持ちが失せたら死んだ方がよいと詠い、余生の日々が自然からの敬虔な愛情に結ばれんことを願うと続いている。
この詩は、ワーズワースの詩の真髄といわれる所以です。若き詩人がケンブリッジのシンジャン=カレッジに在学中にフランス革命が起こり,在学中と卒業後と二度フランスに渡り,革命の輝しい理想に若い情熱を燃え上がらせていた。若き情熱!そう、人間は情熱こそが最大の生きるパワー。この木製のレリーフが語る深い意味が何気に掲示してあるのもこの老舗カフェのすごいところだろう。
辻本清美さんは、とてもオンナらしいひとで、憲法改悪阻止に情熱をもたれていた。カフェのオヤジであるぼくも日本国憲法9条を守るために辻本さんに連帯します。
これでバレテしまったが、キイトス茶房は、相当に進々堂に魅せられている。キイトス茶房の真ん中にある長いテーブルもそのせいだと思ってください。もちろん黒田辰秋作ではなく、川崎市鷺沼にある家具店「職人堅木」の星川さんの作です。